サクラが終わって、野山は一気に新緑の装い(10日)。
昨日の強風から一変、今日は暑そうだ。
立川の昭和記念公園のチューリップが見事だと、朝の天気予報の中継が伝えていた。
今日は川崎競輪桜花賞決勝まで自由時間だ。
阪神の桜花賞が喜び半分だったので、川崎競輪の桜花賞は会心の一打としたい。
しかし、ナイターだから先が長い。
さて、初夏の風情をどこに探すか。
川崎ナイターなら、その前に寺巡りが合理的。
明日(11日)から法事だという北鎌倉東慶寺に白羽の矢。
花の時期に探訪出来なかったのが気になっていたが、やはり既に新緑の世界だった。
この寺は仏像を見る寺でもなく、墓地に連なる庭と、折々の草木を楽しむことになる。
茶室があるので、茶会などの催しには良いだろう。
この時期は十二単や金花茶くらいしか、花らしい花がない。
歩いて大船まで行き、途中の花屋でエリカの花を見つけた。
西田佐知子の歌「エリカの花散るとき」のエリカだ。
とんな花だろうかと、ずっと気になっていた。
この歌の舞台は西伊豆の戸田から石廊崎に至る海岸沿いの小さな漁村と、何かで読んだ記憶がある。
もうかなり昔だが、博打屋はこの舞台を求めて西伊豆をドライブした。
戸田から南下したが、土肥、松崎と歌詞通り、山をいくつも越えた。
『山をいくつ越えても うすい紅いろの エリカの花はまだ見えぬ 悲しい恋に泣きながら 夕日を今日も見送った エリカエリカの花はどこに咲く 径ははるばるつづくのに』
おそらく、途中で幾つか通過した漁村がその村だろうと思ったが、車だからスイスイと通り過ごして、石廊崎まで行ってしまった。
『空の雲に聞きたい 海のかもめにも エリカの花の咲くところ 逢えなくなってなおさらに 烈しく燃える恋ごころ エリカエリカの花の散るときは 恋にわたしが死ぬときよ』
とりあえず、作詞家を目指した博打屋としては、水木かおる作詞のこの歌は、何とも叙情的だと心に残った。
少々未練たらしい女心の詩だが、分からぬでもない。
『伊豆の踊り子』を生んだ伊豆ならではの純情の香りがするではないか。
結局、この時の旅で記憶に残っているのは、伊豆の山かげにある幾つかの漁村が、瀬戸内海の島で過ごした漁村風景に似ている事と、波勝崎でサルに襲われた事。
もう一つ、戸田でタカアシガニを知ったのたが、食べてはいない。
以来何十年経つか。
博打屋のやり残している事の一つに、このタカアシガニを食べる事が入っている。
エリカの花は、タカアシガニに繋がる博打屋の恋心だ。
大船から川崎へと向かったが、帰りを思うと気が重くなった。
京王閣場外でも20時過ぎの決勝まで時間をもてあそぶ。
思案の果てに電話投票を選択。
博打屋も焼きが回ったか、せっかくの現場を捨ててしまった。
決勝は予想通り地元を引っ張る山中・小原と浅井の捲りとなった。
ゴール前で小原が山中を交わしたので、博打屋の本線車券は崩れてしまったが、浅井との3車ボックスが保険となって的中メール受信の嬉しさ。
競馬に続き、競輪桜花賞も保険的中で嬉しさ半分の春。
今週は皐月賞があるワイと、何とか前進したい博打屋だ。
昨日の強風から一変、今日は暑そうだ。
立川の昭和記念公園のチューリップが見事だと、朝の天気予報の中継が伝えていた。
今日は川崎競輪桜花賞決勝まで自由時間だ。
阪神の桜花賞が喜び半分だったので、川崎競輪の桜花賞は会心の一打としたい。
しかし、ナイターだから先が長い。
さて、初夏の風情をどこに探すか。
川崎ナイターなら、その前に寺巡りが合理的。
明日(11日)から法事だという北鎌倉東慶寺に白羽の矢。
花の時期に探訪出来なかったのが気になっていたが、やはり既に新緑の世界だった。
この寺は仏像を見る寺でもなく、墓地に連なる庭と、折々の草木を楽しむことになる。
茶室があるので、茶会などの催しには良いだろう。
この時期は十二単や金花茶くらいしか、花らしい花がない。
歩いて大船まで行き、途中の花屋でエリカの花を見つけた。
西田佐知子の歌「エリカの花散るとき」のエリカだ。
とんな花だろうかと、ずっと気になっていた。
この歌の舞台は西伊豆の戸田から石廊崎に至る海岸沿いの小さな漁村と、何かで読んだ記憶がある。
もうかなり昔だが、博打屋はこの舞台を求めて西伊豆をドライブした。
戸田から南下したが、土肥、松崎と歌詞通り、山をいくつも越えた。
『山をいくつ越えても うすい紅いろの エリカの花はまだ見えぬ 悲しい恋に泣きながら 夕日を今日も見送った エリカエリカの花はどこに咲く 径ははるばるつづくのに』
おそらく、途中で幾つか通過した漁村がその村だろうと思ったが、車だからスイスイと通り過ごして、石廊崎まで行ってしまった。
『空の雲に聞きたい 海のかもめにも エリカの花の咲くところ 逢えなくなってなおさらに 烈しく燃える恋ごころ エリカエリカの花の散るときは 恋にわたしが死ぬときよ』
とりあえず、作詞家を目指した博打屋としては、水木かおる作詞のこの歌は、何とも叙情的だと心に残った。
少々未練たらしい女心の詩だが、分からぬでもない。
『伊豆の踊り子』を生んだ伊豆ならではの純情の香りがするではないか。
結局、この時の旅で記憶に残っているのは、伊豆の山かげにある幾つかの漁村が、瀬戸内海の島で過ごした漁村風景に似ている事と、波勝崎でサルに襲われた事。
もう一つ、戸田でタカアシガニを知ったのたが、食べてはいない。
以来何十年経つか。
博打屋のやり残している事の一つに、このタカアシガニを食べる事が入っている。
エリカの花は、タカアシガニに繋がる博打屋の恋心だ。
大船から川崎へと向かったが、帰りを思うと気が重くなった。
京王閣場外でも20時過ぎの決勝まで時間をもてあそぶ。
思案の果てに電話投票を選択。
博打屋も焼きが回ったか、せっかくの現場を捨ててしまった。
決勝は予想通り地元を引っ張る山中・小原と浅井の捲りとなった。
ゴール前で小原が山中を交わしたので、博打屋の本線車券は崩れてしまったが、浅井との3車ボックスが保険となって的中メール受信の嬉しさ。
競馬に続き、競輪桜花賞も保険的中で嬉しさ半分の春。
今週は皐月賞があるワイと、何とか前進したい博打屋だ。