夜中に夢で目覚めてしまった(31日)。
明け方まで眠りに戻れなくなり本を読んだ。
目覚めた時には感じなかった冷え込みを明け方感じながら蒲団の中で寝返りを繰り返しながらの読書だった。
昼前の西川口での待ち合わせが午前中の予定であったので、二度寝をしようと目覚ましを調整し直した。
明け方ようやくウトウトしたが、面白い事に今度は別の夢を見た。
夢の続きは見られないと言われているが、演歌の歌詞の世界だけでなく、現実的に二度寝して夢の続きを見ることなど聞いたことがない。
今朝もそうであったが、どうして大晦日の朝にこの夢なのだろうと不思議でもあった。
今日はいよいよ大晦日である。
季語で言うなら「行く年」「年送る」などが思い浮かぶが、これらの季語にはこの一年間を感慨を込めて思い起こそうとする感傷的な気持ちが強い。
「年惜しむ」と言うズバリそのものの言葉もある。
一方、芭蕉の句には「年忘れ」と言う気持ちの一面を読んだ句もある。
『せつかれて年忘れするきげんかな』
この年を惜しむ感傷もあれば、この年の苦労を忘れたいと言う気持ちも人の心にはあろう。
その意味で一年と言う区切りを持った事は、天文学的意味以上の知恵がある。
「年忘れ」とは今で言う忘年会の事である。
起源は室町時代の連歌の会に遡るようだが、これもまた、一年間の良かった事、悪かった事こもごも去来する、年の暮れの複雑な感情を込めた行事となってきたのであろう。
大晦日の朝と言うのは、明日の元旦共々感慨深い朝である。
今日(31日)は川口オートのスーパースター王座決定戦の日だ。
昨日(30日)の競輪グランプリで悔しい思いをした知人馬主が、自分の得意分野だから任せなさいと、自ら大晦日の福の神を買って出た。
博打屋は去年同様当初から予定にあったが、もう一人の知人も急きょ参戦する事となった。
「梶さん任せなさいよ、オートと言ゃあガキの頃からやってるんだよ、親父の目を盗んでよく来たものさ」
「そうそう、梶さんは稼いで雪見酒なり、ローカル線旅なり、その足で出掛けりゃ良いんだから」
「まあ、悪いようにはしないからさ」
珍しく強気の本人だったが、根拠は無きにしもあらずであった。
この最後の川口オート・スーパースターシリーズの予選をじっくりと研究していた。
立川競輪を博打屋に任せ、本人はこの一戦に懸けていた。
そう言う前夜の自信に、もう一人の知人も年越しの駄賃と参戦を決めて出向いて来た。
12時の待ち合わせと言うのに、男3人各々30分も前に西川口に着いていた。
「嫌だねぇ、皆歳とって早起きなんだろう」と互いに冷やかす。
電車はすっかり人数も少なく、既に民族大移動は終わっている感が強い。
毎年大晦日の電車には、そうした一抹の寂しさが漂う。
都内は残された者たちの静かな楽園と化す。
しかし、川口オート場だけは異様な熱気に包まれていた。
大晦日の夕刻までオートレースに興じる人種に世間様は首を傾げるかも知れないが、ファンと言うものはこの一時がたまらないのである。
オートレース・ファンは他のギャンブルとまた一味違う空気がある。
賑わう場内を見ながら、ファン気質の違いに圧倒され王座決定戦を待った。
去年に比べ、気温は暖かく感じたのが救いだったが、夕刻4時を過ぎるとスタンドは一気に冷え込んで来た。
3人共戦果は芳しくない。
レース間が他のギャンブルより長く感じ、冷え込みと共に気持ちも落ち込んで来る。
博打屋は知人馬主に王座決定戦の結論を求めた。
知人馬主が博打屋たちのプレッシャーの中で苦慮しているのは分かっていた。
こう言うレースで結論を出すのはどんなギャンブルでも容易な事ではない。
博打屋たちも、全てを頼っている訳でもなかった。
しかし、このレースに限っては無条件に推奨車券を買うことにしていた。
後は各々の隠し車券での保険と言うことになる。
試走タイムを見て知人馬主は2番車青山周平が切れないと判断。
狙いの5番車鈴木圭一郎との争いと結論を出した。
3着に1番車荒尾聰、3番車高橋貢、4番車金子大輔を挙げ、2=5→1・3・4の3連単6点を推奨した。
売れ筋は2-3-5が10倍を切る売れ方。
狙いの5番車鈴木は3番人気だから、5→2で決まると配当は倍近くになる。
博打屋は2・3・5のボックスと5→3=4の隠し車券を買い席に戻った。
競馬や競輪と違って結論が早い。
すっかり暮れなずんだスタンドは冷え込んで来て、17時発走まで先が長い。
他の2人も各々の車券を買って場内の熱気を震えながら感じていた。
20分近く発売を延ばした締め切りだったが、今年最後の大一番だけに売り上げ時間を延ばすのも分かる。
ようやくスタートを迎えた頃には照明が入った。
震えながら緊張のスタートを待つ3人だった。
恐らく3人各々車券は違っていたであろうが、知人馬主渾身の予想、5番車鈴木圭一郎がスタートを決めてくれることだけは同じ思いだった。
爆音がひときわ高くなり8車が一斉にスタートを切った。
目の前を5番車鈴木が飛び出し1コーナーに向かった瞬間、知人馬主はよし!と気合いが入った。
しかし次の瞬間、フライング発表でスタートやり直しとなった。
6番車のフライングであったが、このやり直しが好スタートだった鈴木にどう影響するか。
後手を踏んだ青山にはやり直しは願ってもない。
再びスタートの緊張が訪れた。
鈴木も良かったが、今度は内の青山も好スタートを決め1コーナーを有利に回った。
直後に鈴木が付け、3番手を4・3番車金子・高橋が争っている。
このレースは5100メートル、10周回の争いだ。
ベスト8選手だけに、スタートの位置取りが大勢を決める。
2着以下の入れ替わりはあっても、先頭は易々交わされない。
何周回に渡り2=5の争いは続き、4=3の3着争いもし烈となった。
博打屋は2番車青山の逃げ切りは仕方ないなと諦めて3着争いを見ていた。
しかし、知人馬主は大声を出し5番車鈴木の逆転を声援する。
場内の歓声も周回毎にヒートアップ、8・9周回で最高潮に達しようとしていた。
各々の車券の都合上、逆転を願うもの、そのままを願うものなど、気が気ではない。
オートレースは周回毎のコーナリングで逆転のチャンスが生まれる。
その辺りはボートレースに似ているが、先頭と2番手の入れ替わりの可能性はオートレースの方が多い。
ファンは最後の最後まで追う者の逆転の可能性を信じている。
幾度となく、鈴木圭一郎が青山周平に迫るが敵もトップレーサー、中々抜かせない。
3着争いも4番車金子大輔が3番車高橋貢を抜かせない。
3着は金子の方が車券は高い。
後は1着争いで、鈴木が逆転すれば配当は一気に倍以上を示していた。
大声援の知人馬主である。
博打屋たちにより高い配当の車券を取らせたい気持ちがありあり。
いや、それ以上に後で分かった事情は、買い目の違いであった。
本線が鈴木圭一郎だっただけに、高い配当を厚目に買い、青山からの売れ筋は半額にして押さえに回していたのだ。
結果次第では何倍もの差が出る車券を持ってるのだから、鈴木圭一郎に最後の逆転を願う。
しかし、順位は変わらず最後の周回を迎えた3・4コーナーでの事だった。
僅かな隙を突いて鈴木圭一郎が青山の車の内に前輪を入れ、青山と車体を併せ抜いたではないか。
一度目の悲鳴に似た歓声はこの瞬間だった。
博打屋たちは大喜びで、知人馬主も興奮の絶頂となった。
この時は知人馬主の車券の買い額を知らなかったが、彼の頭の中では、買い額も倍、配当も倍の逆転に払戻金額が浮かんだに違いない。
鈴木圭一郎が最後の周回1・2コーナーを先頭で回り、5-2-4の結果が誰しもの目に映った。
競馬で言うなら、よし、そのまま!の声が出る瞬間であった。
まさに安堵の瞬間であり、博打屋達への責任を果たした知人馬主の渾身の博奕納めの瞬間だった。
とその瞬間の事だった。
すっかり暮れた川口オートレース場のバックストレッチに一条の火花が走ったかと思うと、後続の4・3番車がその火花の上を宙に舞って乗り上げて転倒した。
一瞬何が起こったのか分からず、二度目となる悲鳴にも似た大歓声を聞いていた。
最後のコーナーを回って来たのは5番車鈴木圭一郎であった。
しかし、離れた2・3番手を回って来たのは、10周回で一度も車券の対象にならなかった1番車荒尾聰と8番車松尾啓史の2車であった。
何故?と言う疑問しか起きなかったシーンであった。
鈴木圭一郎に内から交わされた青山が、最後の意地で強引に鈴木の内に車体を入れ、バランスを失って転倒し、激しい火花を上げながらコース上を滑るその上に後続の4・3番車が乗り上げてしまったのだ。
騒然とする場内であり、茫然とする博打屋たちであった。
やがて審議ランプと共に、対象が5番車鈴木圭一郎と表示された。
しかし、例え鈴木が失格しても、尚更車券は遠退くばかり。
ガックリとして知人馬主が帰ろうと言う。
すると、もう一人の知人が鈴木が失格でなければ車単5→1があると言う。
彼は1・2・5の車単ボックスを押さえていた。
えっ?と言う我々だが、まだ確定していない。
知人馬主はオッズを見直しに行き、5-1の9280円配当を確認し、せめてその車券が生きる事を願った。
やがて5番車鈴木圭一郎はセーフとなり5-1-8が確定し3連単285890円が確定した。
審議で足止めされたが、払戻金に並ぶ人は数えるほど。
知人が払い戻し、照れ臭そうに今夜は私の奢りですと言う。
彼は何時も亡き女房の命日数字1・2・5を買っている。
今日も知人馬主渾身の予想が2=5だったので、尚更意を強くして買ったようだ。
その怪我の功名に知人馬主も喜んでいた。
急きょ誘った知人がせめて損失補填をしてくれるならと、自分の推奨が事故レースで泡と消えた不運が少しは薄らぐ。
冷えきった大晦日の18時過ぎの町を歩き西川口駅まで歩いた。
始めから予定していた去年入ったお好み焼き屋で今年最後の晩餐となった。
親父3人が早仕舞いのラストオーダーまでドラマチックな川口オートのフィナーレを振り返った。
知人馬主は何だか自分の今年を象徴していると自嘲していたが、確かにこんな不運な出来事は長い博奕稼業の中でもそうそう有ることでない。
「あのまま決まっていたら梶さんに半分はあげたのにねぇ」と何時もの冗談が出たが、博打屋としても何事もなくゴールして欲しかった。
死んだ子の配当は5900円前後だったから、あのまま決まっていれば3人各々懐が暖まった。
色々あるねぇ、人生も博奕もと各々の帰途に就いた。
そのまま旅立ちの予定の博打屋は、行き先未定で皆と別れた。
今年もドラマチックに終わろうとしていた。
すっかり人影の減った電車に乗り、大晦日の夜の電車の寂しさを楽しんだ。
今年も終る。
明日の行方は博打屋にも分からない。
明け方まで眠りに戻れなくなり本を読んだ。
目覚めた時には感じなかった冷え込みを明け方感じながら蒲団の中で寝返りを繰り返しながらの読書だった。
昼前の西川口での待ち合わせが午前中の予定であったので、二度寝をしようと目覚ましを調整し直した。
明け方ようやくウトウトしたが、面白い事に今度は別の夢を見た。
夢の続きは見られないと言われているが、演歌の歌詞の世界だけでなく、現実的に二度寝して夢の続きを見ることなど聞いたことがない。
今朝もそうであったが、どうして大晦日の朝にこの夢なのだろうと不思議でもあった。
今日はいよいよ大晦日である。
季語で言うなら「行く年」「年送る」などが思い浮かぶが、これらの季語にはこの一年間を感慨を込めて思い起こそうとする感傷的な気持ちが強い。
「年惜しむ」と言うズバリそのものの言葉もある。
一方、芭蕉の句には「年忘れ」と言う気持ちの一面を読んだ句もある。
『せつかれて年忘れするきげんかな』
この年を惜しむ感傷もあれば、この年の苦労を忘れたいと言う気持ちも人の心にはあろう。
その意味で一年と言う区切りを持った事は、天文学的意味以上の知恵がある。
「年忘れ」とは今で言う忘年会の事である。
起源は室町時代の連歌の会に遡るようだが、これもまた、一年間の良かった事、悪かった事こもごも去来する、年の暮れの複雑な感情を込めた行事となってきたのであろう。
大晦日の朝と言うのは、明日の元旦共々感慨深い朝である。
今日(31日)は川口オートのスーパースター王座決定戦の日だ。
昨日(30日)の競輪グランプリで悔しい思いをした知人馬主が、自分の得意分野だから任せなさいと、自ら大晦日の福の神を買って出た。
博打屋は去年同様当初から予定にあったが、もう一人の知人も急きょ参戦する事となった。
「梶さん任せなさいよ、オートと言ゃあガキの頃からやってるんだよ、親父の目を盗んでよく来たものさ」
「そうそう、梶さんは稼いで雪見酒なり、ローカル線旅なり、その足で出掛けりゃ良いんだから」
「まあ、悪いようにはしないからさ」
珍しく強気の本人だったが、根拠は無きにしもあらずであった。
この最後の川口オート・スーパースターシリーズの予選をじっくりと研究していた。
立川競輪を博打屋に任せ、本人はこの一戦に懸けていた。
そう言う前夜の自信に、もう一人の知人も年越しの駄賃と参戦を決めて出向いて来た。
12時の待ち合わせと言うのに、男3人各々30分も前に西川口に着いていた。
「嫌だねぇ、皆歳とって早起きなんだろう」と互いに冷やかす。
電車はすっかり人数も少なく、既に民族大移動は終わっている感が強い。
毎年大晦日の電車には、そうした一抹の寂しさが漂う。
都内は残された者たちの静かな楽園と化す。
しかし、川口オート場だけは異様な熱気に包まれていた。
大晦日の夕刻までオートレースに興じる人種に世間様は首を傾げるかも知れないが、ファンと言うものはこの一時がたまらないのである。
オートレース・ファンは他のギャンブルとまた一味違う空気がある。
賑わう場内を見ながら、ファン気質の違いに圧倒され王座決定戦を待った。
去年に比べ、気温は暖かく感じたのが救いだったが、夕刻4時を過ぎるとスタンドは一気に冷え込んで来た。
3人共戦果は芳しくない。
レース間が他のギャンブルより長く感じ、冷え込みと共に気持ちも落ち込んで来る。
博打屋は知人馬主に王座決定戦の結論を求めた。
知人馬主が博打屋たちのプレッシャーの中で苦慮しているのは分かっていた。
こう言うレースで結論を出すのはどんなギャンブルでも容易な事ではない。
博打屋たちも、全てを頼っている訳でもなかった。
しかし、このレースに限っては無条件に推奨車券を買うことにしていた。
後は各々の隠し車券での保険と言うことになる。
試走タイムを見て知人馬主は2番車青山周平が切れないと判断。
狙いの5番車鈴木圭一郎との争いと結論を出した。
3着に1番車荒尾聰、3番車高橋貢、4番車金子大輔を挙げ、2=5→1・3・4の3連単6点を推奨した。
売れ筋は2-3-5が10倍を切る売れ方。
狙いの5番車鈴木は3番人気だから、5→2で決まると配当は倍近くになる。
博打屋は2・3・5のボックスと5→3=4の隠し車券を買い席に戻った。
競馬や競輪と違って結論が早い。
すっかり暮れなずんだスタンドは冷え込んで来て、17時発走まで先が長い。
他の2人も各々の車券を買って場内の熱気を震えながら感じていた。
20分近く発売を延ばした締め切りだったが、今年最後の大一番だけに売り上げ時間を延ばすのも分かる。
ようやくスタートを迎えた頃には照明が入った。
震えながら緊張のスタートを待つ3人だった。
恐らく3人各々車券は違っていたであろうが、知人馬主渾身の予想、5番車鈴木圭一郎がスタートを決めてくれることだけは同じ思いだった。
爆音がひときわ高くなり8車が一斉にスタートを切った。
目の前を5番車鈴木が飛び出し1コーナーに向かった瞬間、知人馬主はよし!と気合いが入った。
しかし次の瞬間、フライング発表でスタートやり直しとなった。
6番車のフライングであったが、このやり直しが好スタートだった鈴木にどう影響するか。
後手を踏んだ青山にはやり直しは願ってもない。
再びスタートの緊張が訪れた。
鈴木も良かったが、今度は内の青山も好スタートを決め1コーナーを有利に回った。
直後に鈴木が付け、3番手を4・3番車金子・高橋が争っている。
このレースは5100メートル、10周回の争いだ。
ベスト8選手だけに、スタートの位置取りが大勢を決める。
2着以下の入れ替わりはあっても、先頭は易々交わされない。
何周回に渡り2=5の争いは続き、4=3の3着争いもし烈となった。
博打屋は2番車青山の逃げ切りは仕方ないなと諦めて3着争いを見ていた。
しかし、知人馬主は大声を出し5番車鈴木の逆転を声援する。
場内の歓声も周回毎にヒートアップ、8・9周回で最高潮に達しようとしていた。
各々の車券の都合上、逆転を願うもの、そのままを願うものなど、気が気ではない。
オートレースは周回毎のコーナリングで逆転のチャンスが生まれる。
その辺りはボートレースに似ているが、先頭と2番手の入れ替わりの可能性はオートレースの方が多い。
ファンは最後の最後まで追う者の逆転の可能性を信じている。
幾度となく、鈴木圭一郎が青山周平に迫るが敵もトップレーサー、中々抜かせない。
3着争いも4番車金子大輔が3番車高橋貢を抜かせない。
3着は金子の方が車券は高い。
後は1着争いで、鈴木が逆転すれば配当は一気に倍以上を示していた。
大声援の知人馬主である。
博打屋たちにより高い配当の車券を取らせたい気持ちがありあり。
いや、それ以上に後で分かった事情は、買い目の違いであった。
本線が鈴木圭一郎だっただけに、高い配当を厚目に買い、青山からの売れ筋は半額にして押さえに回していたのだ。
結果次第では何倍もの差が出る車券を持ってるのだから、鈴木圭一郎に最後の逆転を願う。
しかし、順位は変わらず最後の周回を迎えた3・4コーナーでの事だった。
僅かな隙を突いて鈴木圭一郎が青山の車の内に前輪を入れ、青山と車体を併せ抜いたではないか。
一度目の悲鳴に似た歓声はこの瞬間だった。
博打屋たちは大喜びで、知人馬主も興奮の絶頂となった。
この時は知人馬主の車券の買い額を知らなかったが、彼の頭の中では、買い額も倍、配当も倍の逆転に払戻金額が浮かんだに違いない。
鈴木圭一郎が最後の周回1・2コーナーを先頭で回り、5-2-4の結果が誰しもの目に映った。
競馬で言うなら、よし、そのまま!の声が出る瞬間であった。
まさに安堵の瞬間であり、博打屋達への責任を果たした知人馬主の渾身の博奕納めの瞬間だった。
とその瞬間の事だった。
すっかり暮れた川口オートレース場のバックストレッチに一条の火花が走ったかと思うと、後続の4・3番車がその火花の上を宙に舞って乗り上げて転倒した。
一瞬何が起こったのか分からず、二度目となる悲鳴にも似た大歓声を聞いていた。
最後のコーナーを回って来たのは5番車鈴木圭一郎であった。
しかし、離れた2・3番手を回って来たのは、10周回で一度も車券の対象にならなかった1番車荒尾聰と8番車松尾啓史の2車であった。
何故?と言う疑問しか起きなかったシーンであった。
鈴木圭一郎に内から交わされた青山が、最後の意地で強引に鈴木の内に車体を入れ、バランスを失って転倒し、激しい火花を上げながらコース上を滑るその上に後続の4・3番車が乗り上げてしまったのだ。
騒然とする場内であり、茫然とする博打屋たちであった。
やがて審議ランプと共に、対象が5番車鈴木圭一郎と表示された。
しかし、例え鈴木が失格しても、尚更車券は遠退くばかり。
ガックリとして知人馬主が帰ろうと言う。
すると、もう一人の知人が鈴木が失格でなければ車単5→1があると言う。
彼は1・2・5の車単ボックスを押さえていた。
えっ?と言う我々だが、まだ確定していない。
知人馬主はオッズを見直しに行き、5-1の9280円配当を確認し、せめてその車券が生きる事を願った。
やがて5番車鈴木圭一郎はセーフとなり5-1-8が確定し3連単285890円が確定した。
審議で足止めされたが、払戻金に並ぶ人は数えるほど。
知人が払い戻し、照れ臭そうに今夜は私の奢りですと言う。
彼は何時も亡き女房の命日数字1・2・5を買っている。
今日も知人馬主渾身の予想が2=5だったので、尚更意を強くして買ったようだ。
その怪我の功名に知人馬主も喜んでいた。
急きょ誘った知人がせめて損失補填をしてくれるならと、自分の推奨が事故レースで泡と消えた不運が少しは薄らぐ。
冷えきった大晦日の18時過ぎの町を歩き西川口駅まで歩いた。
始めから予定していた去年入ったお好み焼き屋で今年最後の晩餐となった。
親父3人が早仕舞いのラストオーダーまでドラマチックな川口オートのフィナーレを振り返った。
知人馬主は何だか自分の今年を象徴していると自嘲していたが、確かにこんな不運な出来事は長い博奕稼業の中でもそうそう有ることでない。
「あのまま決まっていたら梶さんに半分はあげたのにねぇ」と何時もの冗談が出たが、博打屋としても何事もなくゴールして欲しかった。
死んだ子の配当は5900円前後だったから、あのまま決まっていれば3人各々懐が暖まった。
色々あるねぇ、人生も博奕もと各々の帰途に就いた。
そのまま旅立ちの予定の博打屋は、行き先未定で皆と別れた。
今年もドラマチックに終わろうとしていた。
すっかり人影の減った電車に乗り、大晦日の夜の電車の寂しさを楽しんだ。
今年も終る。
明日の行方は博打屋にも分からない。