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Channel: 梶山徹夫の『愁思符庵日記』
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『中秋の名月』

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何だか冷え込むなぁと感じながら、薄い寝具に身を包み込む朝(4日)。
衣替えは元より、寝具も先月のままだから、外気の変化に追い付く訳がない。
今日は午前中が藤沢での講習なので、早目に出向いたが、頭で考えた以上の気象状態となってしまった。
朝9時過ぎの藤沢は細かい雨がポツリと落ち始め、薄手の長袖Tシャツに半袖を重ね着の服装に少々後悔を覚えながら会場に向かった。
雨予報だったかなぁと、季節感無しの服装に反省しきり。
しかし、今さらどうにもならない。
幸い会場が適度な温度にしてあったので、午前中の講座は何とかやり過ごせた。
今日は盲ろう者の生活体験談を通じて、盲ろう者通訳・介助員に求められるものを学ぶ講座だった。
2人の盲ろう者が日常生活の具体的シーンを語ってくれた。
1人目の講師はほぼ全盲ろう者の女性で1男の母親でもある。
手話での講演に対し、2人の手話通訳者が交互に音声化してくれる。
講演者へは通訳が触手話で会話する。
数多くの失敗談が話されたが、何れも健常者にとっては言われてみて初めて知る盲ろう者の苦難である。
例えば、駅の改造やダイヤの変更など、普通なら情報が入手しやすいが、盲ろう者にとってはそれが遅れ、思わぬ事故やアクシデントに見舞われる。
特に路線が増えたり、乗り入れで、目的地までのアクセスも多様になった。
そう言う情報を得ずに外出し、大変な無駄をすることが多いと言う。
ろう学校での口話教育主義に苦労したようで、手話、触手話の必要性を訴えていた。
何より、子供のころから激しい差別の中で暮らさなければならなかったことを残念がっていた。
この人とは、講習後に駅近くのマクドナルドで再び会う偶然があった。
昼飯後に一休みしていた博打屋の前の席に、手話通訳者の1人と一緒に話しこんでいた。
通訳者と顔があったので会釈をすると、通訳者が本人に知らせてくれた。
せっかくだから、講演の中の北朝鮮に行ったときの話を確認させてもらった。
北朝鮮では、盲ろう者に対する扱いが大変親切で、人々の理解、関心が高いと言う。
それは、どこからくる違いなのかと聞くと、国の施策にあるとの理解のようだった。
つまり、日本や他のアジア諸国と比べ、圧倒的に盲ろう者理解が高く、国策として機能していると言う答えが返ってきた。
いささか意外な評価だったが、本人は一生懸命通訳者に伝えていた。
もう1人の講師は76歳の男性で、子供がいるそうだが一人暮らしをしている。
盲ベースの盲ろう者で、外出などほぼ暮らしの全般を通訳・介助員に依存していると言う。
旅が好きでよく出かけるそうだが、寺院などは行きたくても階段に手摺のないところが多く、上がったは良いが、下りられなくて困るのだそうだ。
必然的に障害者配慮の行き届いた公共施設に出向くことが多くなる。
この人は障害者は人一倍勉強しなければならないと力説していた。
さらに、福祉というのは使えば使うほど向上すると言う。
なるほど、そう言う考え方もあるのかと、いささか考えさせられた。
朝に続き、帰る前にもマクドナルドで復習となったが、藤沢を出たのが2時過ぎていた。
さいか屋のビルを通り駅に入ったが、思えば博打屋が初めて東京に出てきた時に身を寄せたのが、当時善行団地にいた長姉宅だった。
藤沢と言えばさいか屋で、博打屋にとってはえらく都会のデパートのように思えた。
今となっては影の薄いさいか屋だが、ほぼ50年前が走馬灯のように浮かんでくる。
既に長姉は善行にはいないが、この年になって藤沢通いとは、これも何かの縁か。
夕方から冷え込んできた。
今日(4日)は中秋の名月。
満月は明後日(6日)だが、旧暦十五夜となる。
月にむら雲がかかり、時おり冴えざえとした月が姿を現す。
夜11時に見直すと、むら雲も消え、『愁思符庵』玄関真上に綺麗な月がさしかかっていた。
団子はないが、ビール片手にしばらく月見。
一気に冷え込み、神無月らしさを感じた。

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