桜の開花宣言は出たが、気温は期待するほど上がらない(23日)。
今日は午後から視覚障害者同行援護の実施研修があるので、いささか緊張の朝である。
先月応用編の講習が終わったのを機に、実際の同行援護が如何なるものかを経験する事となった。
この予定の方が早く決まっていたので、今日(23日)の国会の証人喚問中継が見られなくなったが、せっかくの実践機会だから優先せざるを得ない。
今週はこの日のためにテキストの読み直しをしたり、施設見学をしたりで時間を割いた。
南武線宿河原と言う町にある、某外出支援センターの女性理事が今日の講師である。
この人は博打屋より年上と思うが、視覚障害者である。
この人が利用者として、博打屋の同行援護を受け、細部にわたる指導をしてくれると言う段取りだ。
座学や実習で同行援護の基礎知識や技術は学んだつもりでも、実際の視覚障害者との二人だけの外出は初めてである。
「初めてのお使い」と言ったか、子供にお使いをさせるテレビ番組があったが、今日(23日)は正にその心境の博打屋であった。
講習でも電車、バス、エスカレーター、エレベーター、階段など、外出に伴う幾場面かの経験をしたが、そこはそれ、互いにアイマスクを着けての擬似視覚障害者と同行援護者役の交代訓練。
しかも、何組かの人数で行い、指導者が何人も付く。
緊張感は元より、安全面に於いても今日の実践とは雲泥の差がある。
午後宿河原に出向き初対面の理事と出かける事になった。
事務所から2駅隣の中野島と言う町の障害者センターに出向き、帰りは登戸駅で下車、そこから宿河原の事務所まで歩き、途中スーパーで買い物をすると言う行程。
事務所に帰ってから、トイレと車への誘導を行った。
時間にして2時間30分ほどの外出であったが、どっと疲れた。
同行援護されたのは博打屋の方であったと言う方が正しいが、緊張の連続であったことは事実だ。
一口に同行援護と言うが、ただ一緒に歩けばよいと言うものではない。
視覚障害者の目となって、あらゆる情報を提供しなければならないのだ。
人は8割以上の情報を視覚から得ていると言われる。
視覚障害者にはその情報が欠落するので、同行援護従事者はそれをカバーしなければならない。
人が難なく歩く道でも、見えていると言う情報取得があるからこその安全である。
見えないと言う条件を加えると、道は危険に溢れた場所となる。
歩くと言う行動一つとっても、正確で詳細な言葉での情報提供が必要となり、尚且つ、両者の腕と手で繋がった身体の動きによる情報提供が重要となる。
歩き慣れた利用者役の女性理事に、不足する情報を指摘されながら、どうにか事務所まで帰って来た。
僅かな時間であったが、基本の基本が出来ていない事を自覚するには十分であった。
一度は経験しなければならない、初めてのお使い、いや、同行援護だったが、情報提供の難しさをつくづく認識させられた。
宿河原と言う町には二ヶ領用水と言う有名な用水があり、桜の名所として名高い。
気温の上がらなかった今日(23日)だが、研修後に歩いて見た。
桜はすでに開花しているが、まだまだ数えるほどのもの。
春を待つ二ヶ領用水の桜だが、博打屋の同行援護技術はまだ蕾どころではないことを知った。

今日は午後から視覚障害者同行援護の実施研修があるので、いささか緊張の朝である。
先月応用編の講習が終わったのを機に、実際の同行援護が如何なるものかを経験する事となった。
この予定の方が早く決まっていたので、今日(23日)の国会の証人喚問中継が見られなくなったが、せっかくの実践機会だから優先せざるを得ない。
今週はこの日のためにテキストの読み直しをしたり、施設見学をしたりで時間を割いた。
南武線宿河原と言う町にある、某外出支援センターの女性理事が今日の講師である。
この人は博打屋より年上と思うが、視覚障害者である。
この人が利用者として、博打屋の同行援護を受け、細部にわたる指導をしてくれると言う段取りだ。
座学や実習で同行援護の基礎知識や技術は学んだつもりでも、実際の視覚障害者との二人だけの外出は初めてである。
「初めてのお使い」と言ったか、子供にお使いをさせるテレビ番組があったが、今日(23日)は正にその心境の博打屋であった。
講習でも電車、バス、エスカレーター、エレベーター、階段など、外出に伴う幾場面かの経験をしたが、そこはそれ、互いにアイマスクを着けての擬似視覚障害者と同行援護者役の交代訓練。
しかも、何組かの人数で行い、指導者が何人も付く。
緊張感は元より、安全面に於いても今日の実践とは雲泥の差がある。
午後宿河原に出向き初対面の理事と出かける事になった。
事務所から2駅隣の中野島と言う町の障害者センターに出向き、帰りは登戸駅で下車、そこから宿河原の事務所まで歩き、途中スーパーで買い物をすると言う行程。
事務所に帰ってから、トイレと車への誘導を行った。
時間にして2時間30分ほどの外出であったが、どっと疲れた。
同行援護されたのは博打屋の方であったと言う方が正しいが、緊張の連続であったことは事実だ。
一口に同行援護と言うが、ただ一緒に歩けばよいと言うものではない。
視覚障害者の目となって、あらゆる情報を提供しなければならないのだ。
人は8割以上の情報を視覚から得ていると言われる。
視覚障害者にはその情報が欠落するので、同行援護従事者はそれをカバーしなければならない。
人が難なく歩く道でも、見えていると言う情報取得があるからこその安全である。
見えないと言う条件を加えると、道は危険に溢れた場所となる。
歩くと言う行動一つとっても、正確で詳細な言葉での情報提供が必要となり、尚且つ、両者の腕と手で繋がった身体の動きによる情報提供が重要となる。
歩き慣れた利用者役の女性理事に、不足する情報を指摘されながら、どうにか事務所まで帰って来た。
僅かな時間であったが、基本の基本が出来ていない事を自覚するには十分であった。
一度は経験しなければならない、初めてのお使い、いや、同行援護だったが、情報提供の難しさをつくづく認識させられた。
宿河原と言う町には二ヶ領用水と言う有名な用水があり、桜の名所として名高い。
気温の上がらなかった今日(23日)だが、研修後に歩いて見た。
桜はすでに開花しているが、まだまだ数えるほどのもの。
春を待つ二ヶ領用水の桜だが、博打屋の同行援護技術はまだ蕾どころではないことを知った。