競馬明けのいつもの週明け。
寝起きに様々な土日の戦いを振り返る。
鼻差で明暗を分ける刹那の博奕に興じたわけだから、そりゃ、泣きを入れたら山ほどのレバ、タラが出てくる。
そこをグッとこらえて、明日への糧にする。
総じて先週土日は、ご予算少々の中で無傷に終わらせたのは検討の部類だろう。
昨日(18日)は知人たちの来場もなく、博打屋は孤高の戦い。
知人馬主が大宮競輪記念決勝に手招きするので、博打屋も午後から大宮転戦の触手も動いたが、やはり、パドックに専念することにした。
しかし、さすがに中山パドックは寒くて寒くて、立ち時間はかなり割愛された。
大宮集合と張り切っていた馬主は寝坊をした上、出不精風が吹き自宅で競馬観戦だと言う。
それじゃ、前日からの話が違う。
大宮が済んだら新宿辺りで何時もの顔ぶれで合流。
晩餐後麻雀コース、が大まかな予定だった。
しかし、馬主のトド氏は出掛けず自宅。
退職重役タヌキ氏も自宅。
武道家セイウチ氏も自宅で孫と晩飯予定。
前日描いたビジョンは見事に分裂したかに見えた。
そりゃないでしょ、アタシャ数多のお誘いを断って貴重な夕刻を空けておいたのに、と言う博打屋のアピールに、先ず反応したのが馬主トド氏。
他の人が出てくるなら一杯飲んで麻雀コース大丈夫だよと、満更でもない。
退職重役タヌキ氏は待ってました、暇ですからと声は明るい。
武道家セイウチ氏は孫と晩餐の日曜の体勢も、いやいや、わたしゃ団塊世代の1つ下ですから、付き合いは大事にしますよ、と早い話皆合意。
一番遅くなりそうなのが博打屋だったが、京都最終を外して中山を逃げ出し、5時30分のライオンでの待ち合わせにピタリ間に合った。
先に着いた3人が、自宅で寛いでいる家庭持ちの邪魔をするのは博打屋の我が儘だと言う話題で盛り上がっている。
この集合に至るメールのやり取りを元に、時系列で言い出しっぺ探しをしている。
そもそも、今日(18日)は大宮決勝だとブチ上げたのは馬主トド氏。
まあ、オッサン4人が三度ライオンで浮き上がりながら晩餐。
その後前回同様、駅近くの雀荘で麻雀となった。
博打屋は初っぱなからラススタート。
ヤバイと思い直し次はトップを走りながら親を迎えた。
トップ不動にすべく配牌を貰った博打屋はいきなり1索牌を暗カンした。
その一巡目、上家のセイウチ氏が博打屋の暗カン牌を捨てるではないか。
始まったばかりで皆自分の手を見ていて、セイウチ氏の捨て牌を気に止めていない。
気づいたのは博打屋一人だ。
いきなり暗カン牌を捨てられて、なんてふざけた事をするのだセイウチ氏は!とドキッとしたのは博打屋。
えっ!?、その牌は博打屋が暗カンしているはずだぜ、何故セイウチ氏が持ってるの?と思い、誰も気付いていないその現状をどうしたものかと、一瞬博打屋は悩んだ。
そんは馬鹿な!、同じ牌が5枚ある筈ないし、と自分の暗カンを見ると、1牌間違った牌が入っている。
こりゃ駄目だわ、と観念した博打屋は即座に自己申告。
皆は笑い転げて場が進まない。
罰符を払い、博打屋はトップの座から転げ落ちラスになってしまった。
まあ、嘗ての博打屋ならこんなチョンボはまずあり得なかったが、眼鏡が合わないせいか、注意力散漫となった。
幸いその後2連勝し、何とか総合2位。
トド氏、博打屋、セイウチ氏、タヌキ氏の順位となったが、さて、場代諸々の支払い。
誰が払うかは新ルールにより、最後に上がった博打屋が1から4の牌を引き、その着順者が払う。
えいやあ、と引いたのが3。
結局、孫との夕げを止めて出てきたセイウチ氏の払いだから、4位のタヌキ氏より持ち出しは多くなった。
終電近くの解散だったが、何れ団塊世代のオッサンたち。
確実に言えるのは麻雀世代であり、尚且つ、家に居ても余り存在感のない立場であること。
博打屋はとんだチョンボでしばらく笑いのネタになってしまったが、我ながら嫌になる。
そんな前夜だから、週明けの今日(19日)が体がいつになくきつい。
やはり麻雀は心身共に疲労が残る。
今日は予て懸案の寒中見舞い書きに徹する事にし、開店休業。
書きそびれた年賀状があるが、昨日(18日)お年玉番号が決まり、既にお年玉年賀ではなくなった。
調べると、未使用の年賀状は当たりがない。
この年賀状を寒中見舞いに使うかどうか迷ったが、やはり、年賀となっている方が受け取った人が年賀状扱いしてくれるだろう。
硯を引っ張り出し書いた博打屋2015年寒中見舞い。
『寒中を見舞う筆字(ひつじ)もうめぇ~哉』(愁思符庵)
「筆字」をひつじと読んで頂けると幸いだが、念のために羊のシールを貼っておいた。
仕事人・外弟子の2015年・年賀状はひつじの手書き(写真)。
これでようやく正月がすんだ。